新元号に変わるというので世間は大いに盛り上がっていたけれど、個人的にはそれほどでもなかった。
元号が変わる、平成が終わるって、大きなことだとはわかっていたけれど。
でも、令和元年を迎えるイベントがあると知り、しかもローリング・ストーンズの曲が聞けるストーンズ好きが集まるイベントと知り、2006年にストーンズの創始者ブライアン・ジョーンズを知ったことで人生が変わったとも思っている私は、ぜひそのイベントに参加したいと思った。
楽しそうー!
という想いだけで。
行ったことがあるお店でのイベントだったし、好きなアーティストも参加するので、さらに行きたい気持ちが強まった。
会場で令和元年を迎えたら終電には間に合わないけれど、たまには始発電車を待つ日があってもいいではないか!
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あったかさが身に染みる
ストーンズフリークの知人に声をかけてみたけれど、スケジュール的に無理だったので、一人で会場へ。
お店の方たちのさりげない心遣いがうれしいお店。
オーナーさんが、顔を覚えていてくれてうれしかった。
いろいろなお客さんであふれていて、自分がいても大丈夫な雰囲気。
出演者の龍之介さんにもご挨拶できて、ストーンズトリビュートバンド、THE BEGGARSの生演奏も久しぶりで、ワクワクの空間。
そしてカウントダウン!
もしかしてカウントダウンライブに参加したのって、人生初かも。うん、たぶん記憶にないから人生初。
ストーンズの楽曲とともにヒートアップ! 新元号を迎えた! ひゅー!
しとしと雨の渋谷、深夜3時
ひとしきりの宴の後、終電には間に合わず、始発までにはまだ数時間。
お店のクローズが午前4時。
クローズまでいて駅に向かおうと思っていたけれど、午前2時半ごろ、店を出た。
丑三つ時、怖いかなと思ったけれど、危険を感じることもなくサクサク歩く。
渋谷駅に着いたのが、午前3時ごろ。
始発は4時半過ぎ。
深夜なのに、若い男女が渋谷駅界隈には何組もいた。
女の子の声も聞こえて、なんだかホッとする。
最初はどこかのカフェでも入って時間をつぶそうと思っていたけれど、ふらふら歩いているうちに30分ほどが経過し、駅のシャッター付近でしゃがみこんでいる人たちもいたので、私もそこに混じることに。
令和元年午前3時。しとしと雨が降る中で、女性が一人で始発電車を待っていても大丈夫な優しい街、渋谷。
眠気と肌寒さを感じながら、このあたたかさと寂しさは魂の記憶の一部に刻まれそうと感じた。
「日本はもうダメ」と言いながら「令和元年」に盛り上がる
帰宅して、寝て起きたら、新元号の話題で世間がさらに盛り上がっていた。
私は個人的に、伝統があって、基本的に働き者で誠実で礼儀正しい人たちの国、日本が好き。
前世なんて知らないけれど、もしも前世っていうものがあって、ほかの国の人だった私が外から日本を見たとしたら、
「日本、いいな~。伝統があって、独特の雰囲気があって。日本人、穏やかな人柄っぽくて。生まれ変われるとしたら日本人がいいな~」
なんて思ったような気がする。
前世があるのだとしたら、だから日本人として生まれて来たのかもしれないって。でも、いざ日本人として生きてみると、馴染み切れていない自分がいるのですが。
最近「日本はもうダメ」というような発言を目にすることがある。
また、実際に話している相手がそう発言したことがあった。「日本がダメになったら、海外に行くからいいんだ」と。
別に愛国心にあふれているわけではないですが、生まれ育った国のことをダメになったら簡単に切り捨てる思考が理解できなくて、
「ダメだと思うなら、日本を守ろうとか救おうとか変えていこうとか、どうにかしようとは思わないんですか?」
と質問した。口ごもる相手からは明確な答えは返ってこなかった。
それにしても、「日本はもうダメ」と言いながら、新元号に盛り上がる、本当に日本人には多様性があるなあと思う。
固すぎないところが、日本人のいいところでもあるのかな? 悪いところなのかな?
私は柔軟性があって、いいんじゃないなんて無責任に思ってしまいますが。
日本人の柔軟性についての発言
最後に、日本人の多様性とか柔軟性について触れていること、書かれていることを紹介。
以前書いたブログで紹介しているのですが、ブライアンジョーンズタウンマサカーのアントン・ニューコムの疑問。
アントン「日本で文化の革命が起こっていると思う? 伝統と新しいものとで、日本はこうあるべきだ!という人と、そんなの関係ない!と言って自分のスタイルを守る人と」
インタビュアー「残念ながら若い人は、日本の伝統とか、気にしない人が多いと思う」
アントン「どうして?」
インタビュアー「わからないけど、ずっとこんな感じだと思います。欧米文化の影響が強いんじゃないですか」
日本ほどの伝統を持たないアメリカ人から見ると、伝統があるのにそのことをあまり考えていない日本人は不思議に思えるのかもしれない。
日本人はクリスマスもハロウィンもバレンタインも、料理もスイーツも、どんなものでも抵抗なく取り入れますものね。
もうひとつ、「聞き書き 横濱物語(小田豊二 語り:松葉好市)」に書かれていたこと。
それにしても、終戦直後のあの時代、日本人の変わりようは見事だった。
ちょっと前までは「鬼畜米英」だの「出て来いニミッツ、マッカーサー」だのと叫んでいた日本人が、敗戦でコロッと変わってしまったんですからね。
銃後の守りで竹ヤリ訓練をしたり、バケツリレーなんてやっていた大和撫子が、いつの間にか口紅なんかつけて、「日本の兵隊がだらしないから、負けたのよ」って、これみよがしにGIの腕にぶらさがっては、アメリカ人に媚を売っていた。
アメリカは、敗戦と同時に、日本人の心の奥にまで進駐してきたんですね。その意味で言えば、この横濱は、戦後、アメリカによって日本人の心までもが占領された最初の町だった言えるのかもしれませんね。
でも、パンパンだけが悪いんじゃない。考えてみたら、日本人はすべて、戦争に負けたあの時以来ずっと、アメリカにドル札でほっぺたをひっぱたかれても、ニコニコ笑って尻尾を振っている人間になってしまったような気がしますよ。もちろん、私もそのひとりですがね。いまだって、金、金、金じゃないですか。もう、昔の日本人には戻れないでしょう。
※パンパン……第二次世界大戦後の混乱期の日本で、主として在日米軍将兵を相手にした街娼(街頭に立つ娼婦)。wikipediaより。
日本人らしさってなんでしょうね?
私は海外のいいモノは取り入れていって良いと思うけれど、「ほかの国がやっているから、日本もやらないと」みたいな意見は好きではありません。
日本は日本のオリジナルを考えていけばいいんじゃない?って思うから。
――まあ、なにはともあれ、新しい時代の幕開け!
流れを変える、意識を変える☆
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