みんないってしまう (角川文庫)

みんないってしまう (角川文庫)

山本 文緒
416円(03/19 11:22時点)
発売日: 2013/02/25
Amazonの情報を掲載しています

山本文緒さんの「みんないってしまう」を読み返した。

短編集「みんないってしまう」の中におさめられている表題作。

ほかには、5年前に寄りかかられることを察知して去っていった彼が失業して、再会する物語、
誰にも自分の気持ちはわからないだろうと思っていた主人公が、自分も誰かの気持ちをわかっていなかったと知る物語など、全12編がおさめられている。

 

休みもなく働いていて、やっときた休日に寝ても寝ても眠い状態で、「みんないってしまう」を読み返した。なんとなく。

まず、「みんないってしまう」というタイトル、すべてが平仮名って秀逸。読点(、)もなく、一気に言い切る潔さが心地いい。

**この先、ネタバレ注意です!**



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あらすじ

語り手ののんちゃんは、偶然、昼下がりのデパートで、幼なじみの絵美ちゃんに会う。

中学の途中まで同じ学校に通っていた2人は、60歳になろうとしている。

お互いの結婚式にも出席したが、のんちゃんの父親のお葬式以来、顔を合わせることはなくなっていた。

 

のんちゃんと絵美ちゃんはデパートの食堂で語り合う。

中学生の同級生だった「和菓子屋さんの成井くん」が、実はのんちゃんと絵美ちゃん、両方とつきあっていたことが判明。

つまり2人は、二股をかけられていたのだ。

絵美ちゃんはその場で、記憶にインプットされていた「成井くん」の家に電話をする。

娘さんが出て、「成井くん」は一昨年、病気で亡くなっていたことを知らされる。

 

2人は「成井くん」と行くはずだった、東京タワーに向かう。

夕焼けに染まる東京の空を見ながら、孫の話などをして、これからも会う約束をして別れる。

それぞれの人生

短い物語なのに、登場人物の人生がぎゅっと凝縮されていた。

まず、名前だけしか出てこない「和菓子屋さんの成井くん」。

「和菓子屋のぼんぼんで、調子のいい明るい人だったけど、お家がいろいろ複雑だったから内心淋しかったんじゃないかしら」

「そうね。成井君のお父さんって三回奥さん替えてるって聞いたわ」

こんなことでもなければ、死ぬまで思い出しもしなかった彼の横顔を私はふいに思い出した。笑っていても、どこか暗い陰があった。若かった私はそこに魅かれたのだと思う。

同級生に二股をかけていた、ひどい男。

怒りにまかせて電話をすると、一昨年病気で亡くなっていた。死んでしまうには早すぎる年齢。

のんちゃんと絵美ちゃんの会話でしか「成井くん」のことはわからないけれど、憎み切れない哀愁を感じてしまう。ひどいことをした「成井くん」にも、なにか事情があったのだと。

 

絵美ちゃんは、地元にずっと住み続けている。

江戸川のそばの、水の匂いがする下町。

結婚して子供が産まれて、孫ができてからも、ずっと地元に住んでいる。

孫から連絡が入り、絵美ちゃんは家に帰っていく。その様子から、孫と同居するしあわせな生活が垣間見える。

 

のんちゃんは「成井くん」に失恋して絶望したけれど、その後立ち直り、社内恋愛をして結婚。

一人息子を育て、手が離れてから好きだった編み物を本格的に始めた。

手芸店でパートとして働くうち、生徒に教えるようになる。

そしてその手芸店の本社で企画とデザインの手伝いをするようになり、その仕事を今も続けている。

旦那さんとは仲が良い夫婦だった。

しかし定年を迎えた旦那さんが信州に土地を買い、そこに夫婦で移り住むことに納得がいかなかった。

のんちゃんがやりたいのは農業の真似事ではなく、ニットのデザインを考える仕事、好きなことを好きなときにできる都会での生活。

そのことを旦那さんに伝えると、理解を示してくれた。

仕事用に使っていた1LDKのマンションを譲ってくれ、「たまには遊びに来てくれよ」といって東京を去っていった。

離婚したわけではない。一人息子は結婚して、地方に住んでいる。

のんちゃんは妻であり、母でありながら、自分の人生を生きている。

みんないってしまうんだな。私は小さな自分の一人の部屋を眺めてそう思った。この手の中に確かにあったと思ったものが、みんな掌(てのひら)から零れ落ちてしまった。

きっと流れ着くのは美しい場所

ラストは、マンションのベランダで花火を見る。

ひとつ失くすと、ひとつ貰える。そうやってまた毎日は回っていく。幸福も絶望も失っていき、やがて失くしたことすら忘れていく。ただ流されていく。思いもよらない美しい岸辺まで。

この短編集は「喪失」をテーマにしている。

今回、その中の「みんないってしまう」を読み返して、気付いたら泣いていた。

 

少し前に私は友だちに弱音を吐いた。

「あのね、大切にしていたものが離れていってしまうの。支えにしていたものが離れていくの。

自分が悪いのかもしれない。でもなにが悪くて、どうしたらいいのかわからないの」

 

オロオロしながら、それでも大丈夫なふりをして、だけど本当は大丈夫じゃない。

「どうして、どうして」と泣きじゃくっていたい。

 

山本文緒さんの作品は、泣くことすら忘れていた私の心を揺さぶって、生気を取り戻してくれた。

回っていく。離れていくものがあれば、近づいてきてくれるものもある。それでいい。

そしてきっと流れ着くのは美しい場所。

うん、そう信じてみよう。

 

ダメな私をも肯定してくれる、居場所を与えてくれる、山本文緒さんの作品が醸す世界観が好き。

みんないってしまう (角川文庫)

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ライター、タロット占い師、ムビラ弾き♪
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