小学生~中学生の頃、大好きだったゴダイゴ。
当時も子どもながらに、
「カッコいい!なんかすごい!」
と思っていましたが、今になって聞いてみて、その深さをあらためて感じました。
組曲「新創世記」について、思ったことなどを、つらつらと綴ってみます。
組曲「新創世記」とは
まず初めに、組曲「新創世記」とは。
Wikipediaより引用↓
『新創世紀』(しんそうせいき、英語: Godiego Includes the Suite, GENESIS)は、日本のロックバンド・ゴダイゴが1976年7月25日にコロムビアレコードから発売した1枚目のオリジナルアルバム
作詞:奈良橋陽子、作曲:タケカワユキヒデ、編曲:ミッキー吉野。
組曲「新創世記」の構成
組曲「新創世記」は6つのパートで成り立っています。
6つとは、以下です。
CREATION(誕生)
今三人の子供たちが生まれました。この子たちは、人々を苦しみから救う救世主たちなのです。人々は皆それを願います。
QUEEN’S SONG(女王の唄)
女王が登場します。女王には恐れるものはないのです。女王は万能です。女王は、男はみんな自分に従い、自分のために生きていると豪語します。自分は人類の母で、妻で、恋人である事を言い聞かせます。そしてその最後に、誰も、自分に逆らえない事を悟します。女王は万能なのですから。
LOVER’S LAMENT/SACRIFICIAL BLUES (恋する男の嘆き)
続いて女王からどうしても、逃れられない男が登場します。女王にすべてをささげるという男。それも報われない事を知りながら、そして、男は自分は犠牲者だと唄います。なぜなら、自分の命は、女王に握られているのを知っているからです。
MOTHER AND SON(母と子)
さて、先に生まれた三人の女王の息子。しかも、お気に入りの息子が育って一人前になります。息子たちは、しかし、女王のあまりにも男に対する非情さに心を痛めます。ここに親子の断絶がこうじて、初めての女王に対する反抗が始まります。女王は、子供たちに向かって、お前たちはどうしてしまったんだと唄います。親と子供たちは、互いに信頼しあっていた昔の平和な時を思いだし、でもそれは昔の事だったということをはっきりと悟ります。
THE HUDDLE(男たちの凱歌)
いよいよ時が来たのです。戦いの時です。男たちはみな”自分たちの力に気を付けろ、こんな世界、吹き飛ばしてしまうぞ、根こそぎ、ふるわせてしまうぞ”と喚声をあげます。そして、三人の息子、いや、三人の救世主たちは、それぞれの方法でこの世界をよくする事を誓います。
BUDDAHA’S SONG(釈迦の歌)
戦いも終って、三人のうち一人、シャカの悟りの歌が流れます。彼は言います。心の平和のある生活が、世界が確かにある。目をつぶってそして見てみればいい。そうすればその世界にいられると言います。静かに、しかし、熱情的に。そして戦いのむなしさをものりこえこの組曲は終ります。
組曲「新創世記」の解釈
今回、この楽曲を聞いて、
「ん?女王って?この3人の息子って?」
と今更ながら、遅れて気になり、考えたんですね。
そこで解釈してみました。
間違っているかもしれませんが、私なりの現時点での解釈です。
女王=神=大自然。
大自然の中で人々は暮らしてきた。
(生と死を含め)大自然は絶対で、決してあらがうことはできない。
人々は翻弄され、心を乱されていた。
そこで、人々の心を平安におさめるため登場したのが3人の息子=3大宗教(キリスト教、イスラム教、仏教)である。
それぞれは教え(バイブルや経典など)を持った。
人々はそれに従うことで心の平安を保てるようになった。
では、「神道」の位置づけは?
ここまで考えて、ふと、
「では3大宗教とは違う、日本の神道はどういう位置づけ?」
と思った。
そこで、AIにも相談。
「この組曲の世界観において、
神道は「大自然に立ち向かう息子たち」の側ではなく、
むしろ「大自然の女王(神)」そのものの側に寄り添う立場」
「日本の神道は、大自然を敵や支配者としてねじ伏せるのではなく、
「大自然のあらゆるものに八百万(やおよろず)の神が宿っている」と考えます。
つまり、神道にとって「女王」は打倒する存在ではなく、敬い、畏れ、共に生きる対象なのです。」
ふむー!
一神教でなく、八百万の神というのが、現代の傾向の「多様性」ぽい!
みんなちがってみんないい、それぞれの事情があるさ!
っていう。
自分の頭で考えなさい
この流れで私の頭の中でまとまったのは、以下のようなことです。
大自然=神があまりに傍若無人なので人の心をおさめるために3大宗教が生まれる。
しかし大自然に寄り添い、戦うのを良しとしない神道の存在があった。
神道は自然の存在は大きなものであり、逆らうことはできないけれど、祈ることはできる、
善悪をジャッジしない、
自分の頭で考えろというのが基本。
3大宗教にはバイブルや経典があり、それで人を縛ろうとする。
でもルールで縛るのではない。
善悪は自分でその都度判断しなさい、考えなさいというのが神道。
世界が宗教によって行き過ぎないようにしているのが神道?
なにより、それぞれが自分で考えるスキルを持つことが大切。
仏教(釈迦)が正しいと言っている?
ラストのパートが「BUDDAHA’S SONG(釈迦の歌)」のため、
この楽曲では仏教が正解と言っているの?
と疑問を持ちました。
AIによる解釈は下記。
*釈迦は「仏教という組織」ではなく「個人の心」の象徴
*「外側の世界を力やルールでコントロールしようとするのをやめ、
自分の内面(心)と静かに向き合いなさい」という、
人間としての普遍的な姿勢の象徴
なるほど。
やはり、それぞれの心で判断するのが大切ということ。
特に最近常々思っていたのですが、
ルールやレギュレーションは秩序を守るために大切、
でもそれに縛られない判断力を持つことが大切、ということ。
最近では特に予測不能なイレギュラーなことが起こります。
ルールを絶対としていると、間違いが起こると思うのです。
なので、その都度、その状況で、何が最善なのかを判断する能力が必要かと。
また、一方的に物事を決めつけないフラットな心も重要かと思います。
(八百万の神、それぞれの事情があるように)
※「自分の頭で考えることが大切」と言いながら、AIに聞いていますが、
AIの意見を丸のみしているわけではありません。
意見として聞き、それがどうなのかを判断しているつもりです。
では、あらためまして組曲「新創世記」をどうぞ。
part1、2と2つの動画になっています。
☆この記事を書いた人☆
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