昨日、インターネットで初めて知りました。
「作家の氷室冴子さん、死去。」

えっ! 嘘! まだ若かったはず!
と思って詳しくみてみると、51歳だったそうです。ご病気で、何年か闘病生活を送っていたとのこと。
6月6日に亡くなったそうです。数週間、まるで知らなかった私……。

ショックです。
氷室さんの作品をよく読んでいたのは、中学生の頃だったでしょうか。

集英社のコバルトシリーズの作家さんのお一人で、当時”少女小説”と呼ばれていた作品でしたが、私は氷室さんの小説が一番好きでした。
文章がしっかりしていて、読みやすくて、コメディっぽいところがあるかと思うと、思わず切なくなってしまうシーンがあったりして。

登場人物にも好感(共感)が持てましたし。
それらの小説について、細かいところまでは覚えていないのですが、氷室さんの小説といえば、思い出す文章があります。
読んだ時に、とても納得して、今でも心の中で生きている言葉。

「多恵子ガール」(氷室冴子著、集英社)
※引用※

そんなふうに言わないでよ、って言いたかった。雨城くんは頑張ってるんだからって。
”一所懸命やったって、ちゃんとやれなきゃ意味がない”ってのは当たってるな、とその時、思った。
人は悪意があるわけじゃないけど、結局、目に見える結果でしか物事を見ないことが多いもの。
その人が陰でどんな努力をしてるかなんて、なかなかわからないものね。本人が、こんなに努力してるぞって見せびらかさない限り。
雨城くんはそういうことをみんなわかってて、誰にも何も言わず、見せびらかすこともしないで、ひっそりと練習してたんだ。うまくできない自分にイライラしながら。
あの人は、強い人だ。ほんとにえらい人だ。
あたしはとても、そんな人にはなれそうもないけど、そういう人をわかる人にはなりたい。
拍手する時、その人の後ろにあるたくさんの練習や、いろんな気持ちを想像できる人には、なりたい。

私は、この世には目に見えるものよりも目に見えないもののほうが、絶対に多いと思っている。
だから、そういうものを感じ取れる心を持っていられるようにしたいって。

どうしてそういうふうに思うようになったのかは覚えていないけれど、もしかしたら、思春期に読んだ、こういう言葉がそう思うきっかけの一つになったのかもしれない。

きっと私は、小説を通して、大切なことをたくさん教えてもらっていたのでしょう。

中学生の頃に好きで読んでいた小説を、大人になった自分が読んだら、どう感じるだろうか。
あらためて読み直してみたいと思う。
きっと、新たな発見があるのではないかと思う。

氷室さんは元気な人のイメージで、楽しく長生きしそうなタイプだと、勝手に思っていたのに――
大好きだった作家さんが若くして、この世から去ってしまったなんて、なんて悲しいこと。
心より、ご冥福をお祈りいたします。
どうか安らかに……。



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