「再婚生活」(山本文緒著、角川書店)を読んだ。

私は山本文緒さんのファンで、新刊が出ると必ずチェックしている。

思い起こせば、そんな私に、自分のホームページを作った頃、嬉しいことがあった。

ホームページ開設の際、いろいろな素材サイトにお世話になったのですが、その中のあるサイトの管理人さんがホームページを見てくださり、
「もしかして山本文緒さんのファンですか? 私の友だちが文緒さんのオフィシャルサイトを作っているんですよ」
と。

意外なつながりー!と思って、とても嬉しかった。

そしてその山本文緒さんサイトがリニューアルされた時に、お祝いコメントを書き込んだところ、なななんと、山本文緒さんご本人が、私のホームページを見てくださって、その上、ゲストブックに書き込んでくれたのですっ!

確か、”話は××から伺ってました……”のような感じのことだったと思います。

ステキ! インターネットって、なんてステキなのっ!

と、今思い出しても興奮します。(山本さんは全然覚えていないと思うけれど^^;。ファンって、そんなものです)

……前置きが長くなりました。本題に入ります。

山本文緒さんは2001年に直木賞を受賞。

そしてその後、再婚された。

「公私共に絶好調だな~」と思っていた……、ところが。

しばらくしてから「病気療養中」になってしまった。

なんの病気なのか詳しくはわからなかったのですが、そんな事情で新刊がしばらくの間、出なかった。

気になりながらもオフィシャルサイトを覗いていたのですが、開店休業のような状態が続いていたので、だんだんチェックするのを忘れるようになってしまい……、

そして久しぶりにオフィシャルサイトを見たところ、なんと数ヶ月前に新刊が出ていた!

翌日、早速本屋さんで買った。それが「再婚生活」です。

タイトル通り、再婚された旦那様との生活のことも書かれているのですが、それよりも私が印象深かったのは山本さんの病気のこと。

なんの病気だったかというと、いわゆる……「うつ病」だったのだそうです。

ご自身も、自分は恵まれている、と思いながら、あるとき突然(というか少しずつ兆候はあったのか)、病気になってしまったのだそうです。

とにかくダルい。

なにもやる気がおきない。ゴロゴロして眠り続ける。

自分はどうしたのだろう、という焦り。こんなことじゃダメだ、という自分を責める気持ち。ずっとこんな状態なのだろうか、という不安。

この本を読んで、私はハッとした。

ある友だちのことが頭に浮かび、たぶん彼女も山本さんと同じような症状なのだろう、と思ったからだ。

彼女も私から見ると、大変恵まれていて公私共に絶好調に見えた。

ところが体調を崩し、仕事を休み、入院することになったという。

体調を崩しているという話を聞いてから、数回会ったけれど、彼女は元気そうだった。

入院をするほどに具合が悪そうには、とても見えなかった。

でも、山本さんの本の、

※引用

うつ病患者は、いざというときは健常者並に元気を装うことができるのだ。ただ、その前と後が大変なことになるのだが。

という部分を読んで、彼女もそうだったのかも、と思った。

公私共に恵まれているのにゴロゴロしている様子は、ただの「怠け者」のように見られてしまうかもしれない。

「そんなことじゃダメでしょ」
「がんばりなさい」
「甘えている」

そんな周りからの励まし交じりの責めるような言葉が、うつ病患者を更に追い詰める。

久しぶりに触れる山本さんの文章。

随所に、印象的な言葉がちりばめられていた。

そして、そんな言葉たちに頷いたり、勇気付けられたりした。

山本さんの書いたものを読んでいると、「他者と過ごす中での孤独」を感じられる。

生きていく上で、どうしようもなく遭遇してしまう奥深い闇。

でもこれって、そんなに怖いものではなくて、実はこれを受け入れられると、ぐっとラクになれるのかもしれない。

※引用

「誰も助けちゃくれないんだな。一人で生きてくしかないんだな」と改めてしみじみ思った。王子(旦那様)や誰か他の人が私を助けたいと思っても、結局できることってほとんどない。私も人を助けようと思っても、本当のところは何もできない。人は自分で自分を助けるしかない。
でもあれだね、結婚ってゆうのは人を勘違いさせるね。誰よりも近い家族で他人じゃないのだから、王子に甘えれば何とか助かるんじゃないかと無意識に私は勘違いしていたようだ。結婚していたって、闘病も仕事も生活も一人でやるしかないのだ。

※引用

しばらく一人になると決めたくせに、非常に淋しくなる。まったく淋しいのと気楽なのは表裏一体だ。

※引用

江國(香織)さんの本を読むと、不思議と「一人でも全然大丈夫」という気になる。その本(「号泣する準備はできていた」)の中に「随分遠くまできてしまった」と主人公が思う一節があって息を吐いた。
大人になれば、きっと誰でもが思うことだろう。随分遠くまできちゃったな、と。私も知らない間にこんな遠くまできてしまった。これから先、もっと遠くにいきたいのか、ここに留まりたいのか自分でもわからない。ただ、もう戻れないことだけはわかる。

私はいつも山本さんの本を読むと「大丈夫」な気持ちになれる。

こんな未熟な自分でもいいんだって、自分を認められるような気持ちになる。

だから私は山本さんの作品が好きなのだと思う。

そして山本さんはご自身の病気について、ハッキリとした理由はわからないとしながらも、こう分析する。

※引用

ずっと私はうつになった原因は、なにか心因性のものだと思っていた。仕事上のいろいろなストレスや引っ越しや再婚で、感情のバランスが狂ったのだと思っていたけれど、そうじゃなかったと最近しみじみ思う。だいたいその「外から攻撃された」という被害者意識がまずいけなかった。
私の場合、悪い体が黒い心を生んだのだと思う。
浴びるように飲んだお酒が肝臓を痛めつけ、煙草もチェーンスモークとなっていたので、それは肺だけではなく体中の血管をぼろぼろにし、その上まわりの人が私の吹き出す煙草の煙をいやがっていることに気づく感受性を失っていた。
悪い油で揚げたり炒めたりされたものばかり、消化の悪い肉を毎日のように口にして、中性脂肪を蓄えた。体が重くなり、心も重くなり、ますます手足も内臓も冷え、いいことが考えられなくなった。暗い気持ちにどんどん拍車がかかり、出口を見つけられないで膨張した。
それが私の病気だったような気がする。

山本さんが通っているお医者さまがアドバイスして下さったという言葉が、これまた印象的だったので、ご紹介します。

※引用

あとはストレス対策。ストレスは風邪のように万病の素なので。
ストレスはなくそうったってなくなるものではないですよ。たとえれば雨でディズニーランドに行けないようなものなので(このくらいゆるく考えろということ)、雨が上がるまでの間、他の楽しいことを見つけて時間を過ごせばいいんです。人間は随分とこの「待つ」ことが苦手でね。生きている間にはみんなが思っているより随分「待つ時間」というのは長いと思うんです。この時間をどういう心持ちで過ごすかによってストレスを軽減できると思いますよ。

「待つ」のは、私も苦手。

でも苦手だといいながらも、確かに暮らしている中で「待つ」時間は長いように感じる。

一見「無駄」とも思える「待つ」時間。

これを読んで、「そうか、その時間をどういう心持ちで過ごすかが大切なんだ」と気付いた。

でも、どうなんだろう。

私の場合、なにを待ってるのかすらわかっていないような気もする。

これはまずいのかな、と思う気持ちが焦りや不安を呼ぶので、やはり目線を変えて物事を見ていくようにしようと思う。

”うつ病”というのが、順調に過ごしているような時でも突然かかってしまうものであるということ、
周りから理解されにくい病気であるということ、そして私の友だちの状態……、この本を読んで、すっかりとは言えないまでも少しはそれらが理解できたような気がする。

現代の混沌とした世の中、”うつ病”は、珍しいものではないのかもしれません。

決して他人事と思わず、この病気を知るのは、大切なことなのでしょう。

山本さんは、ほぼ良くなられたようですが、どうか無理をしないように過ごして欲しいなと思います。




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